平城京遷都1300年 都の薫り

美しい海空広がる景色の元、ららぽーと豊洲でお香講座がありました。


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毎月一回、時には二回通う見慣れたはずの風景ですが、今日の透き通った空のせいか、リゾートに舞い込んだような錯覚さえ覚え、講座前にぶらぶらと散策を楽しみました。



下記は、本日の匂い袋と講座内容です。 ***


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万葉歌人の小野老(おののおゆ)は遠く太宰府より、奈良の都の素晴らしさを歌にしました。 


青丹吉 寧楽乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有

  訳 奈良の都は咲いた花が匂いたつように、今が盛りの華やかさです。

この時代、にほひとは、色の美しく照り輝く様でした。
日本の国の形がととのった平城京の都の薫りを学びます。


 8月5日 平城京とは   直垂結び と 小香袋
 9月2日 正倉院の薫り  掛け香 衣被香 二種調合
10月7日 鑑真和上の薫り お線香 または練香 


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2010の今年、日本で初めての本格的な国際都市平城京が遷都1300年を迎えました。

710年、持統天皇の第四皇女元明天皇が藤原京から水陸交通に恵まれた奈良盆地の奥に都を遷したのが、平城京です。
持統天皇、文武天皇の時代に唐に命がけで渡り最新の知識と多くの教典、文献を持ちかえった遣唐使の知恵と力を集めた、我が国最初の法体系である大宝律令が701年に完成したことで、天皇中心の律令国家を作り上げ日本の国の形が整った時代とされています。

唐の長安を模した壮大な都城内には大路小路が縦横に走り、そこには貴族が邸宅をかまえ、夜明けとともに宮城に出仕し、午後は詩歌管弦に興じたりしていました。しかし下級の官人や農民は華やかな生活とは対照的で、特に農民はそのほとんどが竪穴式住居に住み、田を耕し蚕を飼って中央に納める絹や布を織る日々を送っていたようです。
平城京を中心にして花開いた貴族仏教文化は、聖武天皇の元号をとって天平文化と呼ばれています。

ここまでの説明で、香炉で伽羅のお線香を焚いていただきました。


お香は、薫明堂のお線香 特撰伽羅天平 短寸1把入

http://www.kohgen.com/21senkoh/detail_1139.htm  (香源カフェにて購入可能)


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中村勘三郎オリジナルお香シリーズ 時の幻


http://kogeisha-angle.blog.so-net.ne.jp/2010-06-25 


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豪奢な貴族社会と貧困農民との対比、仏教浄土の世界に憧れる聖武天皇の精神性と、裏に渦巻く汚れた政治の世界との対比とでも言えばいいのか、天平と名付けられた特選伽羅のお線香は、伽羅と生薬の融合があ実にうまく生かされて、辺り一面に荘厳な雰囲気を醸し出してくれました。
盛夏にうんざりの参加者が、一様にうっとりした表情で浸っていたことはいうまでもありません。

次の時の幻は、緑油伽羅の香木の味わいそのままに、繊細で艶めいた香りを漂わせ、平城京を飾った女帝と光明子を彷彿とさせてくれました。 

続いて、当時使われていたお香の種類の説明を図を使って説明しつつ、薫集類抄に一方のみ掲載されている焼香を焚きました。 
直前に伽羅のお線香を焚いているので、極上の沈香刻みを使っているにもかかわらず、役不足は誰もが認めるところですが、結びの作業に移る中で、ふとした時に薫る、生薬と調合のなんとも言えない味わいに、しだに良さを感じてくれたようで、来月は、ぜひとも焼香を作りたいという希望が続出しました。
(事前に調合を考えて、何度も試作をして当日の至っているので、こういう声は、とても嬉しいものです)


参加してくださった方が、それぞれの調合に満足してくださり、嬉しそうな笑顔を見せてくださると、
来月も再来月も、いっそう頑張ろうという気持ちになり、感謝の気持ちでいっぱいになります。

今日改めて、いつも参加してくださって、本当にありがとうございます。 





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  • 平城遷都1300年の記念祝典 天皇・皇后両陛下が出席

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